[今回の過去問]
秋田大学(医学部医学科)2010年度 目標60分
以下の文章を読んでつづく問いに答えなさい。
〈略〉
炎症性乳がん
乳房の腫れ方が異常になって、女房と一緒に都内の病院で検査をした。乳がんであった。
医師は、私に炎症性乳がんだと教えた。炎症性乳がんはしこりがなく、しかし極めて悪性であり、六ヶ月ももたないかもしれないと話した。当時はまだ、インフォームドコンセントが一般的ではなかった。私は医師と、本当のことを女房に説明した方が、女房が頑張れるかどうか、と話し合った。結局医師が乳がんとだけ話すことになった。
さいわい乳がんの腫れを退かせる点滴が功を奏して、手術が出来ることになった。手術まえから女房は医師の説明に疑問を抱いて私にも問い、娘たちに乳がんについての解説書を探すように指示した。いまから思うと、恥じるばかりだが、私は娘たちに炎症性乳がんには触れていない本を選ばせた。
手術は終わった。リンパ節は広がっていた。
退院後、女房は娘たちにパソコンでアメリカの乳がん情報まで調べさせ、自分が炎症性乳がんであることに気づいた。当然私を激しく怒った。
私が「六ヶ月もたないかもしれないと医師から聞かされて」と弁明すると、「六ヶ月ならばなおのこと、一日一日しっかり生きなければならないではないか」と激しく怒られて、私は申しわけなかったとひたすら謝った。
そのこともあって女房は病院を変えた。そして、“六ヶ月”のはずが“五年十ヶ月”頑張った。本当によく頑張ったといまも感心している。
介護こそ老後の愛
もっとも、女房のがんとの戦いは、私との共闘でもあった。がんは身体の各部に転移し、食物の味がなくなり、景色がゆがんで見えるようになり、また抗がん剤の副作用に悩まされた。松葉杖が必要になり、車椅子生活になった。立てない女房を支え、毎晩風呂に入れて女房の身体を洗うのも私の仕事になった。立てない女房を風呂に入れるのはなかなか難しい。しかし、私にはきわめて楽しい作業であった。
年をとると女房と身体で触れ合うこと、抱き合うことが間遠になる。その意味では毎日深々と触れあい、抱き合うわけで、私には介護こそ老後の愛と感じられた。触れ合うことが非常に多くなったのである。もしも、相手と意思が通じない場合は少々事情が異なるかもしれない。しかしお互いにコミュニケーションが出来ている限り、介護はどのような難業であろうと、いや難業であればあるほど楽しいものだと実感した。
二○○四年六月、女房は全く身動き出来なくなり、やむなく入院した。
入院して、私に出来るのは、女房の身体を摩(さす)ること、そして会話をすることだけであった。会話は若き日と同じ愛の言葉であった。
いまにしてあらためて思い返すのだが、女房は一度も弱音をはかなかった。おそらく、近づきつつある死について深刻な思いがあったに違いないが、努めて明るくふるまった。
私自身、愛の会話に逃げたきらいもあるが、女房は悩むなんて馬鹿馬鹿しいと笑い捨てた。あらためてわが女房は凄い女性だったと思う。私は女房が亡くなったら生きていけないと感じていた。だが、女房が亡くなる二ヶ月半前に、双子の孫がうまれ、あなたはこの二人のために生きなくては、と励まされた。二人の孫は五歳なった。
注)インフォームドコンセント:医療行為などの対象者が治療の内容に関して十分な説明を受け、正しい情報を得た(インフォームド)うえで、方針に合意する(コンセント)こと。
(田原総一朗「凄い女房」『メディカル朝日』2009年8月号より)
設問1 患者(女房・節子)が私(私たち)に対して激しく怒ったのはなぜか?患者の立
場から200字以内で推測せよ。
設問2 このエッセイを読んで「がん告知」における問題点を整理し、自らの考えを300字以内
にまとめよ。
設問3 タイトルにある“凄い女房”の凄いところとはどこか?100字以内で述べよ。
[第46回]
今回は、前回から始まった秋田大学(医学部医学科)2009年度の問題です。
国公立の小論文では、課題文を読ませて、その後小問をいくつか書かせる
形式での出題が、よくされます。
合格答案が書けるようになるには、どうすればよいでしょう。考えてみま
しょう。
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「設問に、ヒントがある」
▼平川先生「先週から、A子さんにも参加していただいています。早速、先週の続
きから、始めましょう。前回は、スク男君に、設問の3つについての
ポイントを言ってもらいました。A子さん、もう一度、確認してみま
しょうか」
A子 「はい。分かりました。まず、設問1、については、なぜ奥さんは激怒
したのか、という点から患者の自己決定権が問題となります。このあ
たりは、『公民』や『保健』の授業で勉強した覚えがあります」
平川先生「そうですね。次に、設問2、については、スク男君に言ってもらいま
しょうか。何が問題でしょう」
スク男 「ええと、設問1、で問題となった自己決定権と、それに基づいて病気
治療におけるインフォームド・コンセントの重要性を述べるべきと、
考えます。この点で、課題文の〈注〉が、ヒントになっていることに
も注意を払う必要がありますね」
平川先生「そうですね。スク男君、今週もさえているね。A子さんのおかげかな。
(顔を真っ赤に、うつむくスク男君と、横でクスクス笑うA子さん)
題文は、すべてに要注意です。よい指摘だね。
では、設問3についても、スク男君、お願いします」
スク男「はい、最後の問題は、『介護こそ老後の愛』以下のエッセイ後半部分
で、筆者が主張したかった箇所をまとめればよいと思います」
平川先生「ええ、それで十分ですね。これで大まかな答案の構成ができました。
では、皆さん、答案を書いてください」
(しばらくして)
平川先生「それでは、今週はスク男君の答案を見てみましょうか」
(以下が、スク男君の書いたものです)
設問1
個人がどう生きるかは、たとえ夫婦であっても犯してはいけない大事な権利である。自己決定権の問題である。がんに罹った人間が、残された人生をどう生きるかは、まさにこの自己決定権の問題であった。
それにも関わらず、夫と娘達が自分に病状を隠して、自らの命についての問題を、ないがしろにした。だから、患者は、「六ヶ月ならばなおのこと、一日一日しっかり生きなければなら
ないではないか」と、激怒したのだ。(192字)
設問2
90年代、治療は、自己決定権の問題だとする意識が乏しかった。「がん告知」は、医師の漠然とした判断に委ねられていた。多くの場合、患者は、真実を知らされないまま最期を迎え、残される家族は、大事な人のいなくなることを思いながらも、悲しみを表に出さない日々を強いられた。
しかし、医療技術の進歩と、人権意識の向上により、社会の捉え方は大きく変わった。病気で、先が限られているとしても、患者本人は最後まで人として尊重されるべきである。治療において、正しい情報の提供(インフォームド)と本人の同意(コンセント)こそが、欠かせない。したがって、「がん告知」は治療における当然の原則であると考える。(290字)
設問3
末期がんという自らの困難から逃げないで、弱音をはかず立ち向かい、さらに残される夫のこと、娘たちのことにも気遣って、「一日一日しっかり生き」ぬいたところが、凄いところだと考える。(88字)
▼平川先生「おおむね、問いに応えています。君は確か、お父さんを肺がんで
亡くしていましたね。設問2は、その実体験を踏まえた具体的な指
摘として、よいと思います。A子さんは、どう思いますか。先輩だ
と、遠慮することはありません。自分の書いたことと人の答案を比
較することで、よりよい合格答案が、書けるようになりますから。
どうですか」
A子 「はい、分かりました。読みやすい答案です。ただ、もう少し問いに応え
る形で論じてもいいのでは、と思いました。例えば、『“がん告知”の問題
点としては、……』というかたちで」
スク男「確かに、そうですね。もう一度、見直して訂正します」
平川先生「はい、今日は、こんなところでしょうか。スク男君の答案をざっと検討
したところで、時間となりました。次週は、再答案のチェックとA子さ
んの答案の検討をします。 お楽しみに」
【合格する小論文のヒント】
「出題文は、線を引きながら読む」
当たり前ですが、出題者は問題を作るに当たっては、何らかの意図を持って作成しています。どんなに隠したとしても、出題自体が目的を持って作られる以上、その考えは、課題文自体に現れます。今回の〈注〉のように。
設問文を読む時には、線を引くようにしましょう。設問の意図が分かってきます。何を聞いているのか、見えてきます。過去問の検討の効率が、グンとあがります。
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平川先生の小論文講座46
スクール東京
最高名誉顧問
成川豊彦
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略歴
昭和49年(1974年)
Wセミナー・グループを設立。
平成12年(2000年)
国際著名人年鑑「InternationalWHO’SWHOofProfessionals」に選出される。
平成21年(2009年)
司法試験・予備試験専門の少人数制予備校「スクール東京」の最高名誉顧問に就任。
司法試験・予備試験の合格に向けて、自ら直接指導。
現在
中国・西南法政大学客員教授も務め、教育・健康の分野において国内外で活躍中。
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